
単身赴任という形態は、日本のビジネスシーンでは珍しくありませんが、夫婦関係においては「物理的な距離」が「心理的な距離」へと直結しやすい危険な局面でもあります。
弁護士として多くの離婚相談を受けてきた経験から言えば、単身赴任中の離婚は、同居している夫婦の離婚とは異なる特有の難しさや、見落としがちな法的落とし穴が数多く存在します。
本コラムでは、「単身赴任中の配偶者との離婚において、後悔しないために押さえておくべき法的ポイント」をテーマに、実務的な視点から詳しく解説します。
「単身赴任」は「婚姻関係破綻による別居」とみなされるのか?

離婚を考える際、法律上重要になるのが「婚姻関係が破綻しているか」という点です。
通常、長期間の「別居」は破綻の強力な証拠になりますが、単身赴任の場合は少し事情が異なります。
「業務上の別居」と「破綻による別居」の境界線
単身赴任はあくまで仕事上の都合であり、夫婦が合意の上で別々に暮らしている場合が多いです。そのため、単に「赴任期間が長いから」という理由だけで、法律上の「別居(婚姻関係の破綻)」とみなされない可能性が高いです。
しかし、以下のような事情が加わると、赴任をきっかけに婚姻関係が破綻したと判断されやすくなります。
- 生活費(婚姻費用)の送金が途絶えた。
- 必要最低限の連絡(子供のこと、法的な手続き等)すら拒絶されている。
- 赴任先に立ち寄ることを拒否される。
- 数年間、一度も帰省がなく、夫婦としての交流が完全に途絶えている。
相手方が「まだやり直せる(単身赴任が終われば元に戻る)」と主張した場合、赴任中の疎遠な状態をどう「婚姻関係の破綻」として証明するかが争点となります。
赴任先での「不貞行為(不倫)」の立証の困難性

単身赴任中の離婚理由の1つに、赴任先での浮気が挙げられる場合があります。
監視の目が届かない環境は、残念ながら不貞の温床になりがちですが、これを見つけるのは同居時よりも非常に困難です。
同居していれば、スマホの通知、帰宅時間の変化、衣服の残り香などで異変に気づくことができますが、赴任先が遠方の場合、これらは期待できません。
「赴任中の配偶者が浮気しているのでは?」と疑っている場合、不貞を立証するために必要な証拠として以下のようなものがございます。
- クレジットカードの利用履歴: 赴任先付近でのレジャー施設、高級レストラン、ホテル、女性向けブランド店での決済。
- 交通系ICカードの履歴: 業務外の時間帯に特定の駅(相手の家があると思われる場所)へ頻繁に通っている記録。
- SNSの投稿: 相手(不倫相手)側のSNSに、配偶者の持ち物や赴任先の部屋の一部が映り込んでいないか。
また、自力での証拠収集が難しいため、プロの探偵に依頼するケースが多くなりますが、赴任先での行動パターンを把握していないと調査費用が膨れ上がります。
「いつ帰省しないと言い出したか」、「大型連休にどこにいるか」などのスケジュールを事前に特定することが重要です。
お金の問題:婚姻費用と財産分与について

単身赴任中の離婚で、最も揉めるのが「生活費」と「隠し財産」です。
1婚姻費用(生活費)の請求
離婚が成立するまでは、収入の多い側が少ない側に対し、生活費を支払う義務があります。これを「婚姻費用」と言います。
婚姻費用の額は、①夫婦それぞれの年収、②子供の人数・年齢、③夫婦それぞれの職業タイプ(給与所得者か自営業か)を基に算出することになります。
相手が勝手に生活費の送金を止めた場合、速やかに「婚姻費用分担請求の調停」を申し立てることをお勧めします。これは、「申し立てた時点」からしか遡って請求できないのが原則だからです。
2 財産分与と「見えない資産」
単身赴任が長くなると、相手が赴任先でどのような銀行口座を作り、どのような金融商品を購入しているか把握できなくなります。
相手方に隠し資産があるか調べる必要がございます。
- 給与振込口座以外の「サブ口座」の有無。
- 赴任先での退職金積立や社内預金。
- 赴任先で購入した高価な動産(車、貴金属など)。
離婚の意思を切り出す前に、給与明細や源泉徴収票を確認し、不自然な控除や振込先がないかをチェックしておくことが肝要です。
子供との関係:親権と面会交流
子供がいる場合、単身赴任という状況は「親権」の判断に影響を与えることがあります。
日本の裁判所は、これまで主に子供を養育してきた実績(継続性の原則)を重視します。そのため、単身赴任で子供と離れて暮らしている側が親権を取得するのは、相手側に育児放棄などの重大な問題がない限り、非常に困難です。
また、面会交流について、「月1回、対面で会う」という標準的なプランは、距離がある場合には現実的ではありません。
もっとも、以下のような方法で面会交流を実施することで、親と子が離れていてもつながりを保つことができます。
・オンライン面会: ZoomやLINEビデオ通話を用いた定期的(週1回など)な交流。
・宿泊を伴う面会: 長期休暇(夏休み、正月)に赴任先または帰省先で数日間過ごす。
これらを具体的に決めておかないと、離婚後に「遠いから会わせられない」というトラブルが頻発します。
手続き上の注意:管轄(裁判所)の問題

意外と盲点なのが、「どこの裁判所で話し合うか」という管轄の問題です。
離婚調停は、原則として「相手方の住所地」を管轄する家庭裁判所に申し立てる必要があります。
例えば、自分が東京に住み、配偶者が福岡に単身赴任している場合、福岡の裁判所に申し立てるのが原則です。
もっとも、何度も福岡まで通うのは、時間的にも金銭的にも大きな負担となります。
しかし、現在、家庭裁判所ではIT化が進んでおり、一定の条件下で「電話会議システム」やオンライン調停が可能です。
ただし、最終的な合意(離婚成立)の際には、本人の出席を求められますのでご注意ください。
まとめ

単身赴任中の離婚は、「情報の非対称性(相手の生活が見えない)」と「距離の壁」が原因で問題が発生することが多いです。
「会えないから話し合いが進まない」と放置している間に、相手は着々と財産を隠したり、不倫相手との生活を固めたりしているかもしれません。
逆に、感情的に問い詰めて赴任先での生活をかき乱すと、後の条件交渉で相手が頑なになる恐れもあります。
まずは、以下の3点を冷静に整理してください。
- 証拠の確保: 赴任先の住所、使用している車、通帳のコピーなど。
- 経済的な自立: 婚姻費用をいつまで、いくら確保できるか確認する
- 住まいの確保: 相手が帰任した際に、どちらが今の家に住み続けるのか。
単身赴任という特殊な状況を、ただの「不幸な距離」で終わらせるのではなく、新しい人生を踏み出すための「準備期間」と捉え、戦略的に動くことが大切です。一人で悩まず、法的な専門知識を持つ弁護士を味方につけ、適正な条件での解決を目指しましょう。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 安田伸一朗
離婚・不倫慰謝料
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和4年の弁護士登録以来、離婚問題の解決に特化し、男性・女性を問わず、不貞慰謝料、財産分与、親権争いなど、感情の対立が激しい事案において数々の解決事例あり。依頼者の不安を解消する丁寧なヒアリングを徹底し、最新の裁判例に基づいた緻密な戦略で、有利な条件での合意や早期解決へと導くことに注力。








