妻が預金を引き出した場合の婚姻費用算定について

妻が家を出て行く形で別居を開始し、妻が夫の預金口座から預金を引き出して持って行ってしまった場合、毎月夫が妻に対し支払うべき生活費(婚姻費用)の算定はどのようになるのか、相談を受けることがあります。

このような場合でも、夫は、妻に対し、妻が引き出した預金を度外視して算定した婚姻費用を支払うことになるのが原則です。
そんな不公平なことがあるか?と思われるかもしれません。
しかし、妻が引き出した預金の清算は、財産分与によって行われるのが実務上の取扱いとしては多いです。

婚姻費用は、毎月生活に必要な費用を支払うことで、妻の生活を保障する、いわゆる「フロー」の考え方に基づいて算定されます。これに対し、貯めてきた預金口座内の預金というのは、資産すなわち「ストック」であり、最後の財産分与の際の精算にあたって初めて考慮されることになります。
心情的に納得できないかとは思いますが、婚姻費用・財産分与のそもそもの意味合いを考えると、実務上の運用は理にかなっているといえるでしょう。

もっとも、当然のことながら、引き出したお金を婚姻費用に充当することについて合意できる場合には、上記のような原則的取り扱いは当てはまりません。

また、原則通りの扱いをすることがあまりに不公平な場合、①義務者の年収、②持ち出された財産の金額、③本来支払うべき婚姻費用の金額、を比較して婚姻費用の負担を課すのが不公平である、などといった事情を考慮して、婚姻費用の支払義務を否定した裁判例もあります。

【札幌高等裁判所平成16年5月31日決定】
「相手方(妻)は,・・・抗告人(夫)と相手方(妻)の共有財産である約550万円の預金を管理しているのであるから,相手方(妻)の生活費に充てるためにいつでもこれを払い戻すことができる状態にあるということができる。そして,本件記録によれば,抗告人(夫)も相手方(妻)が上記預金から払戻しを受けて生活費に充てることを容認していることが認められる。このように,相手方(妻)が共有財産である預金を持ち出し,これを払い戻して生活費に充てることができる状態にあり,抗告人(夫)もこれを容認しているにもかかわらず,さらに抗告人(夫)に婚姻費用の分担を命じることは,抗告人に酷な結果を招くものといわざるを得ず,上記預金から住宅ローンの支払に充てられる部分を除いた額の少なくとも2分の1は抗告人(夫)が相手方(妻)に婚姻費用として既に支払い,将来その支払に充てるものとして取り扱うのが当事者の衡平に適うものと解する。相手方(妻)は,夫婦共有財産があるとしても,それは離婚時に清算すべきもので,抗告人(夫)の婚姻費用分担義務はなくならない旨主張するところ,確かに,夫婦共有財産は最終的には離婚時に清算されるべきものではあるが,離婚又は別居状態解消までの間,夫婦共有財産が婚姻費用の支払に充てられた場合には,その充てられた額をも考慮して清算すれば足りることであるから,相手方(妻)の主張は理由がない。」

具体的事情をお伺いして、例外的事情が認められる余地がないのか考えていくためにも、お困りの際には当事務所にご相談ください。